ブログの設立にあたって

つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

吉田兼好徒然草」)

日本三大随筆として、清少納言枕草子」や鴨長明方丈記」と並んで有名な、吉田兼好兼好法師)「徒然草」の書き出しです。ぼーっと硯に向かって、思いついたことをとりとめもなく書いていると、なんだかおかしくなってきた、というような趣旨です。(「ものぐるほひけれ」の正確な訳は定まっていない)

きょう、ブログを設立してみました。この徒然草の書き出しの精神にならって、書きたいときにとりとめもなく書いていくようになると思います。

私は考えることが好きです。このブログで、日頃なんとなく私の頭の中を渦巻く思考について、文章化して整理し、議論によって深めたいと思っています。人生経験も文章力も十分でなく、また説教くさくておもしろくないブログになってしまうかもしれませんが、よろしくお願いします。

はるか昔、ギリシアの哲学者であるソクラテスは、「問答法」という手法によって、真理を導こうとしました。対話の繰り返しによって、対話相手の矛盾や無知を自覚させつつ、より高次の認識や真理へと導いていく手法です。

問答法は、やがてヘーゲルなどの哲学者が唱えた「弁証法」という手法に継承されてきました。弁証法(的論理学)では、ある命題(テーゼ)と対立する命題(アンチテーゼ)の2つが、それらを本質的に統合する過程(アウフヘーベン)を経て、高次の命題(ジンテーゼ)を生み出します。

このブログも、問答法や弁証法の精神に基づいて、議論によって、正しさ(真理)のようなものを探求する場としたい。そういう意味で、ブログのタイトルには、「モラトリアム」という表現を用いました。発達心理学では、人間が社会人になるまでの期間(青年期)のことをモラトリアムといいます。

青年期は、その人のアイデンティティーを確立する段階です。自分とは何者か、自分の価値とは何なのか、そういう問題の答えのようなものを探し、決めあぐねて、もがく期間です。

このブログで真理を探求するプロセスは、青年期にある人間が「自分」を探していく過程に近しいと思います。そういう意味での「モラトリアム」です。

ブログの真の目的を達するため、もしこのブログを読んでくださる方がいらしたら、ぜひお気軽にコメントをいただきたいと思います。ただし、あくまでも「議論」を重ねたいと思っていますので、あまり攻撃的なコメントはお控えいただきたいです。コメント欄が平和な議論の場となることを切に願います。